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ととら日記

何気ない日常の幸せ

「何気ない日常の幸せ」 以前から人生のキーワードとして持ち続けている

よく耳にする言葉だが深く認識することがなかった。

それは若い頃は日常より非日常に魅力を感じていた。

何故だろうというよりもそれが幸福感の一番の要素だと

それを驚きとともに心に植え付けた文章があった。

あるエッセイの本の中にユーゴスラビアの内戦下での

日本女性とユーゴスラビア人生の女性との電話での会話であった。

日本女性は知り合いの相手に最近の自分の生活環境を話し始めた

「毎日同じことの繰り返し 新しいことをきたいしてるのに 平穏過ぎて人生ってつまらないわ」

「えー なんてことを言うの? 私たちには平穏が平穏が一番欲しいのよ」

もちろん戦争と平和とは比べれば当たり前のこと 

しかし 聞きなれた言葉 「日常」 「平穏」 「何気ない」 

これは大切な言葉なんだ 「幸せ」ってのはここに隠れているんだ

これを見逃していることが 不幸の源なのだ

そのことに気付かされて 「ととら」と出会えたと思っている
 

個展を終えて

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個展を終えて 二週間になる

何度目かの個展だが 猫人形作家(私の奥さん)の作品とのコラボだ

今回は地元川口のアリオの敷地に建つ「アトリア」で開催した

コロナの緊急事態宣言が解除されて まもなくの六日間

半年前の予約で心配してたが なんという奇跡

神様のおかげと感謝した

 

ところがととらの撮影で 歩き詰めの重労働 

心配もしていなかった腰痛に 悩まされた

チョットかがむだけで 「イテテテッ」という悲鳴

整骨院のマッサージに 毎日のように通っても 治らない

もうだめかもと思い 最後の手段に 針治療を選ぶ

 

これはフェースブックの仲間からの 経験からのすすめ

ネットのおかげで友達がたくさん増えた 今思うと神様だ

その効果あって 今は回復傾向

とにかく針をやったら 数日はマッサージを繰り返す毎日

 

まあ 開催中はイテテテッの毎日

しかし 痛みをこらえながらも 振り返ればたくさんの来場者が

自分の写真の人生 来場者の感想 これからの方向性 あらたなる写真の使命・・・

 

これなんだな 個展の良さは

自己中になることなく 離れたところから見て 第三者の目で見る

完成ではない 再出発のスタートなのである

 

 

映画「メンフィス・ベル」

映画「メンフィス・ベル」

1990年製作 第二次世界大戦時 イギリスを支援に志願してやって来たアメリカの若者たちの物語

実際にあった話で 爆撃機に10人の若者が乗って敵地に爆撃を繰り返す

名作映画だ 今日テレビでやっていたので懐かしく見ている

 

振り返れば映画にはまったのは高校性のころからだった 

土日は都内の映画館に足しげく通った

そこからビデオ集め レンタル通い DVDと移り Amazonプライムビデオに落ち着く

 

たくさんの名作に会い そこでカメラアングル トリミング ライティング 企画 ・・・ 様々な勉強をさせてもらった。

写真が上手な人 3

生徒は初めての撮影なのに その作品に 天才格の原石を発見することが

まず 被写体の選び方が独特というか 新鮮というか

本人に聞いてみると 無意識にただ楽しいと思って シャッターを切っている

感性が高いのだ 生まれつきのセンスなんだろう

 

しかし本人はそのことに気づいていない

「とてもいい」とほめてあげても たまたまだと思っている

欲がないのだ 

しかし 社会に出て写真にかかわる分野に 進んでいったら

どこかで自覚して向上心に火が付く 必ず・・・

 

自分の才能に気付くのは 仕事をしながら途中で「アレッ!」と思う

毎日のように ニュース写真や 説明写真を 撮り続けて日常で

これは自分が撮りたい被写体ではないとか

仕事の枠の中で 自分なりの企画を立てて成功する人

 

ほとんどの人は カメラ談議で終わってしまう 写真人生じゃなく

「感性」や「センス」で 本気で社会に挑戦する人に 

なってほしいと思う きっと楽しいよ!

 

写真が上手な人 2

この三つのタイプは

① 機材を愛する人

➁ 既成写真を模倣タイプ

③ アート思考のある人

 

カメラを初めて触った人は ①と➁のタイプが多い

カメラフォルムの美しさや メカニックに惚れる

そして 記念写真や風景や旅のスナップ写真を撮り続ける

ほとんどの人がこの路線で 写真を楽しむ

 

ところが作品を見ていると これはという写真に出会う

はじめてカメラを使う 初心者なのに

うまいとは言えないが この人はセンスあるなと

 

磨けば光るのに 自分自身はその個性に気がついていない

たぶん生まれ持っている 天性なのだろう

つづく・・・

写真が上手な人 1

学生時代の頃は写真がうまくなるには カメラ技術が第一だな

しかし プロとしてやっていくには違うなと

 

クラブが写真部だったとか 機材知識が豊富だとか 趣味が写真だったとか

これらすべてはあまり重要な要素ではないと思う

 

過去に専門学校から呼ばれて 撮影の授業をやってくれないかと頼まれ

シロウトに撮影知識を 楽しく教えることになった

まだ社会に出てない人がほとんどだから 

私の失敗談をサンプルにして 絶対に生徒を眠らせないことを第一に 面白く飽きない工夫をした

 

それ以後 カメラを手にして作品作りをやらせると興味ある結果に

だいたい 機材ひかれるマニアタイプと 既成の写真の模倣タイプと アート思考のタイプの三つに分かれた

つづく・・・ 

コロナと世界

新型コロナが広がって二年近くになる。

発生は最近の情報では 九月の中国の武漢というからまる二年だ

それが隠蔽工作でダラダラと世界に広まってしまった

 

日本が中国の渡航を禁止したのが、確かに去年の一月下旬

その頃 私は長崎で撮影していた 

旧正月休みで中国人の観光客は街から消えた 

土産店のオーナーががっかりしていた 「今日は観光バス20台の予約がキャンセルだよ」

 

中国とWHOの失敗 習近平とテドロスの失態

とんでもない世界になると その頃からおよその予想できた

世界各地でコロナの猛威がはじまる

ただの風邪という噂の中で、大型客船のクラスターが横浜港に入港し大混乱

 

自衛隊の先進的な医療と病院には目を見張った

何度もトンネルをくぐりながら、つかの間の明るさ 

そのうちにいくつもの変異株が希望をつぶしていく

今はワクチン接種を進めて集団抗体にしていくことと

医学が新治療薬を開発して、世界の貧困地域すみずみまで広めて根治させていく

 

この戦いにはじめは国境の封鎖で始まったが

世界を復帰させるには国境を越えての戦い

ともかく人類がひとつになって 英知と努力で終息させたい

学生時代 3


 

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 学生時代は休みに入るとアルバイトでためた金で 旅に出かけた

写真のためでもあり、人生の修行のためでもあった

一人旅が基本 寝袋とリックを背負って ほとんど駅の軒下で一夜を過ごす

見たことのない日本の風景 はじめての人との会話 パンと水の食事

毎日が冒険 毎日が新しい出会い 

旅は仕事の一部となり 20代で日本全国を周り 世界へと向かった

この経験がどのような形になって自分をつくってきたのかは知らない

ただ若い時と比べ、この歳になっても好奇心はなくならないもんだ・・・

学生時代 2

 

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一浪して通称・写大に入り、自分の人生の船出が始まります

誰が決めたわけでなく、この世界の片隅に一歩踏み出した

そこではほとんどプロ意識の集団でした

全国からやって来た彼らは、みんな個性的

自ずと戦う戦士でもあり、良き友人でもありました

 

ここでふと思うのは、出会えた人たちが宝なのです

酒を飲み、方言まる出しで、話し合った仲間たち

このなかには現代の喪失感とか、失望感はありませんでした

いい時代を過ごしたとか言いたくありませんが

確かにイケイケの世の中だったのかも・・・

 

しかし人生は挑戦することが自分の信条でした

だから 生き方も、宗教も、思想も、目標も飛び込んで行きました

それが 危なっかしかったけど、結果的に良かった

何故なら ひとまかせでなく自分の責任として受け取れるからです

・・・つづく

学生時代

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中学生の頃から自分は何になりたいのか、夢をいつも描いてました。

勉学もクラブ活動のサッカーにもやる気満々でしたが

ガリ勉でなく品行方正でもなく、大声を出して毎日を楽しんでいました。

 

その後 高校受験に失敗します

一発勝負だったのでかなりショックは受けましたが、これが後々の「いい宝」になったと

高校に入ってからクラブ活動はいくつか体験してから、将来のために詩歌や絵画にそして映画館に通うことに

友人も増え 誕生日に呼んで自分の狭い部屋に九人も雑魚寝したことも

 

高校二年の頃 将来の目標は二つに絞られました

練りに練って建築設計士と写真家でした。

自分もどちらに進むか決められず、一年浪人して キビシイ荒海の写真家と

父親はガンバレと 母親は黙っていました・・・。

母親の沈黙はこれからの人生にとって、心の中のいい重しになりました。

いざ決意して写真家にと、工芸大に飛び込みました。

続く・・・。